

はじめまして、
仕事場に「千と勢」という銘をつけた私の仕事、松本紬(信州紬)への取り組みについて、
少しお話をします。
千と勢屋の松本紬(信州紬)は手織り一品織りのためご希望の色や意匠をおっしゃっていただければ様々なオーダーメイドができます。染め色の確認から相談しながら制作しますので、ご安心ください。今まで「市販の帯では長すぎるからもう少し短くできませんか」とおっしゃる方や「帯の巾をもう少し狭くしたいのですが」と相談をしてくださった方が大勢いらっしゃいました。人の体型はひとそれぞれのはずなのに、残念ながら市販のものや紬と言っても機械織りの紬織物では大量生産のためそのような悩みを持っている方々のための帯や着尺は作れないのかもしれません。
千と勢屋は手織りの松本紬(信州紬)ですので、そのようなご相談にはできるだけお応えしてまいりました。それ以外の事でのご相談では「着尺の生地と同じ柄の帛紗ばさみや小物入れを作りたいので長く織っていただきたいのですが可能ですか」と訊ねられた方や「同じ柄で鼻緒を作りたい」とおっしゃられた方もおりました。もちろんお引き受けいたしました。
本来日本の着物の考え方がそうであるように、日本の伝統技術は一人一人に合わせる事ができるユニバーサルデザインかもしれないと、いつのまにか私は思うようになりました。既製品や機械織りのために、とても大切な「好み」を犠牲にするのではなく、私たちはもっとわがままに伝統技術を甘受してもいいのではないでしょうか。化学染料染や機械織りになってしまった昨今ですが、せっかくの伝統技術を機械や化学染料で消してしまう事があってはならないと思います。
ですから、千と勢屋は手織りと草木染め信州紬(松本紬)にこだわります。それは、実際草木染めを見ていただくとわかりますが実に色がいいからです。化学染料では感じ得ない、色に物語があります。(染料になる木が好きでその色にする方もいました)手織りは、緯(よこ)糸を手投げ杼(ひ)でゆっくり通すために、ふっくらした風合いに仕上がります。おかげさまで、茶道関係者の方々に喜ばれております。
千と勢屋の松本紬(信州紬)は、機械織りではなくひとつひとつに時間をかけての手織りです。お客様と直接お話をしながら制作に入ったり、今までの作品を気に入っていただければお客様にお分けする。おかげさまで、そのようにして30年が過ぎました。
市販されている織物の周辺には仲介する方々が多くてお客様のお顔を拝見する事もお話をすることもできません。せっかくですからお話を伺ったりまた、私の話も聞いて欲しいと思っております。時折、問屋さんにはお声をかけていただくのですが、若輩者で申し訳ありませんが、以上の理由でお断り申し上げております。ただ今後は、呉服店の方々とは何らかの形でと考えておりますが、制作も忙しくいまだに方法が見つからない…。
そう思っていましたら縁あって松本の老舗、呉服の江島屋様と出会い、江島屋様でもお買い求めただく事ができるようになりました。千と勢屋の松本紬(信州紬)作品は僅かではありますがお時間がありましたらお立ち寄りください。
織物は高価なお買い物ですし、そこにはお客様の思い入れもあるのではと思います。
私は、お客様の心がこもった物語を織りながら、親御様からお子様へそしてお孫様へと千年も万年も、千歳に残る松本紬(信州紬)「物語のある宝物」をと心がけております。
皇后美智子様に松本紬を献上した信州紬の第一人者(故)永井千治の最後の弟子であることを誇りに、伝えられた精神と手技をもとに、明日の松本紬の伝統を探ろうと思います。
願わくば師のように。
日本伝統工芸士 武井豊子